![]() 「1789年2月27日、無敗の名馬エクリプスはその生涯を閉じた。18戦無敗もさることながら、その血は世界を駆け巡り、サラブレッドの礎となった。時を超えて、やがて16戦無敗の欧州覇者リボーや、22戦21勝(2着1回)の全米覇者ネイティヴダンサー等に受け継がれて行った・・・」 うん 随分前のJRAのCMに、こんな風なのがあったような気がするが・・・ 。人と馬の300年ロマン・・・ ![]() サラブレッド三大始祖は、ダーレイアラビアンとバイアリータークとゴドルフィンアラビアンの三頭とされる。 エクリプスはダーレイアラビアンから流れる、サラブレッドと呼ばれた最初の馬とされる伝説の駿馬で、一説には20戦無敗とも26戦無敗とも言われている。 「Eclipse first, the rest nowhere.」 「エクリプス1着、他はどこにもいない」ということだが、他を圧倒する意味の諺になってしまっている。 英国馬エクリプスの生きた時代は、日本では田沼意次が老中になりやがて失脚して、次の老中松平定信が寛政の改革を施行していた頃の話。 その血を受け継いだセントサイモンという、10戦無敗の英国の名馬がいる。 セントサイモンは、極めて優れたサラブレッド種牡馬となった。 しかし、セントサイモンの血がサラブレッドを席巻するあまり、逆に急激に衰退する「セントサイモンの悲劇」 を呼び、サラブレッド生産の難しさを物語り、後世の教訓ともなった。そのセントサイモンの血筋が、名馬リボーなのである。 日本で最初の三冠馬セントライト(12戦9勝)は、エクリプスから流れた名馬オーモンド(16戦16勝)の血を継承した名種牡馬オーム(競争成績詳細不明・主な勝ち鞍はデューハーストS・エクリプスSで、エプソムダービーに水銀を盛られ出走できなかったと伝えられる)の血筋で、名前のわりにはセントサイモン系とは違うようである。 それなら英馬ヒンドスタン(8戦2勝)から流れた、かのシンザン(19戦15勝)の名がまず出るだろう。 このヒンドスタンの血は、一時日本で繁栄した。ボワルセル(3戦2勝)系でリボーと同じセントサイモン系の復興型とでも言うべきか。 シンザン産駒はなかなかクラシック路線では活躍できなかったが、後年になってやっとミナガワマンナ(25戦7勝)やミホシンザン(16戦9勝)を出した。 シンザンは享年35歳と長寿記録を持ち、その種牡馬生活も息の長いものであったため、産駒の重賞勝利数は49勝に及び、国内産種牡馬の記録にもなっている。 セイトサイモンからの流れと言うなら、幻の三冠馬カブラヤオー(13戦11勝)や、同じくタニノムーティエ(18戦12勝)がそうである。 ところがリボーよりずっと世代は遡り、セントサイモン色を希薄にした血統の、同じくイタリアの名馬で14戦無敗のネアルコが、次第に重要な血筋となってくるのである。 ネイティヴダンサーと同系統で、英馬ファラリス(24戦16勝)から流れる。 ファラリス自身は短距離馬で、クラシックレースの勝ち鞍がない凡庸な競走馬だったが、ネアルコとネイティヴダンサーを生み、種牡馬としては世界的に大成した。 ネアルコの血はナスルーラ(10戦5勝)・ノーザンダンサー(18戦14勝)・ヘイルトゥリーズン(18戦9勝)に三分岐し、トニービン(27戦15勝)やブライアンズタイム(21戦5勝)やサンデーサイレンス(14戦9勝)に流れて行くのである。 つまり日本競馬界を席巻し、要となり、三冠馬ナリタブライアン(21戦12勝)を出し、ついにはかの化け物ディープインパクト (13戦12勝 海外1戦0勝)をも生み出したのである。リボーから流れた血筋のプレサントタップ(32戦9勝)に、ノーザンダンサー系を交配し輩出されたのが、タップダンスシチー(42戦12勝 海外1戦0勝)である。 気性難が災いし出世は遅れたが、その分息長く活躍した。 実にスピードも個性も豊かな馬で、ジャパンCにて、内にもたれ埒にぶつかりながら、後続を9馬身ちぎって逃げ切った姿は、鮮烈な印象を焼き付けた。 「タップダンスシチーの思い切った逃げがここで叶うのか!ようやくここでシンボリクリスエス!馬場の真ん中を通って上がってくる!最後の坂、ここは踏ん張りどころです!さあ先頭はタップダンスシチー!そしてザッツザプレンティも懸命に粘る粘る粘る!そしてシンボリ!外から伸びないか!外から伸びないか!内を通ってネオユニヴァース!しかし、リードは十分か!タップダンスシチー!2400逃げ切るとはこういう事だ!魅せてくれた仮柵沿い!タップダンスシチーです!2着にネオ、ザッツザプレンティ!そして内から3、8番のネオユニヴァースです!なんとなんと上位はすべて日本馬!しかし本命は伸びず!勝ったのはタップダンスシチー!道悪の府中東京、最内枠、まんまと逃げ切りました!」 タップダンスシチーは特段悪路上手ではない、むしろ苦手であったろうが、気分よく走らせれば、こんなこともやってのける馬であった。 ところで元祖七冠馬皇帝 シンボリルドルフ(15戦13勝 海外1戦0勝)は、実はエクリプス系ではなく、バイアリータークからヘロド(10戦6勝)へ受け継がれトウルビヨン(12戦6勝)に流れた血筋の、パーソロン(14戦2勝)を父に持つ。アイルランドからやってきたこの無名の馬は、二度日本のリーディングサイアーになっている。 ノーザンダンサーはシンザンと同い年で、パーソロンはひとつ年上である。つまりほぼ同時期の馬である。 世界中のサラブレッドがノーザンダンサー系で埋もれようとしていたほぼ同時期、日本で種牡馬として活躍したのである。 「セントサイモンの悲劇」を思えば、先見の明があったと言えるかもしれない。 面白ところでは、メジロアサマ(48戦17勝)→メジロティターン(27戦7勝)→メジロマックイーン(21戦12勝)の、父子三代盾制覇の根源がパーソロンである。 「メジロマックイーン優勝!メジロマックイーン勝ちました!祖父メジロアサマ、そして父メジロティターンについで親子3代天皇賞馬の偉業達成!」 最晩年に最高傑作シンボリルドルフを輩出したのだが、その皇帝にジャパンCで初めて土をつけ、古馬の意地を見せたカツラギエース(22戦10勝)はナスルーラ系である。 いつの時代も強い者は負けたことのほうが、多く語られるのが常である。 天下無双の駿馬とも謳われたシンボリルドルフ、種牡馬としては初年度にノーザンダンサー産駒ナイスダンサー(20戦10勝)を父に持つトウカイナチュラル(未出走)と交配し、傑作トウカイテイオー(12戦9勝)を輩出し、ダービー父子二代制覇を果たした。 ただその後同じく母系はノーザンダンサー系の、アイルトンシンボリ(25戦6勝)等を輩したが、種牡馬としては大成したとは言えないだろう。 今は息子トウカイテイオーにバトンを渡し、種牡馬を引退して静かな余生を送っている。 トウカイテイオーと言えば、1993年12月26日有馬記念での奇跡の復活は、実に印象深い。 「メジロパーマーが先頭!そしてビワハヤヒデが早くも上がった!レガシーワールドが3番手に下げました!さあ、後続の中からウイニングチケットが今、現在3番手まで上がって来ている!メジロパーマーがわずかに先頭!ビワハヤヒデ、そしてウイニング3番手!そして、レガシーの手がちょっと動いている!トウカイテイオー赤い帽子も来ているぞ!残り400mを切りました!残り400を切った!さあ、ビワハヤヒデ岡部が先頭か!ビワハヤヒデ岡部が早くも先頭に立ったか!外のほうからトウカイテイオーも来ている!トウカイテイオーも来ている!さあ、残り200を切りました!残り200を切った!ビワハヤヒデ!トウカイテイオー来たっ!トウカイテイオーが来たっ!トウカイテイオーが来た!ビワハヤヒデとトウカイテイオー!ダービー馬の意地を見せるか!トウカイテイオーだ!トウカイテイオーだ!トウカイテイオ〜!奇跡の復活〜!!一年ぶりのレースを制しました!トウカイテイオー田原成貴!しかしこのレースは審議の青ランプ! トウカイテイオー!ミラクル!奇跡の復活をみせました!トウカイテイオー!こんな事があるんでしょうか!!」 ノーザンダンサー産駒のノーザンテースト(20戦5勝)は、種牡馬として日本競馬界に一時代を築いた。 シンボリルドルフを世紀の番狂わせで敗って、秋天皇賞を制したギャロップダイナ(42戦10勝)は、このノーザンテースト産駒である。 11年連続でリーディングサイアの栄光に輝いた他、数々の記録を保持していたが、後にサンデーサイレンスにより、その記録をことごとく塗り替えられている。 このノーザンテースト以外のノーザンダンサー産駒をざっと見ただけでも、ニジンスキー(13戦11勝)・リファール(12戦6勝)・ダンチヒ(3戦3勝)・ヌレイエフ(3戦2勝)・サドラーズウエルズ(11戦6勝)と、錚錚たる顔ぶれある。 ![]() 七冠馬テイエムオペラオー(26戦14勝)やメイショウサムソン(15戦6勝・現役)の父であるオペラハウス(18戦8勝)は、サドラーズウエルズ産駒である。 クロフネ(10戦6勝)の父フレンチデピュティ(6戦4勝)もまた、ノーザンダンサー系である。 牝馬三冠馬メジロラモーヌ(12戦9勝)もまたリファールから流れたノーザンダンサー系である、言えば切がないのでこれぐらいにしておこうか・・・。 そんなネアルコの子孫達の活躍で、すっかり影が薄くなっているのが、ネイティヴダンサーである。 ネイティヴダンサー系とは言われず、ファラリス系に埋もれてしまっているが、ノーザンダンサーの母の父であり、その名の由来にもなっている。 ネイティヴダンサーは現役競走馬時代、唯一ケンタッキーダービーで敗れ、三冠を逃している。 当時全米ではテレビが普及し、ネイティヴダンサーはそのニューメディアにより、競馬ファンでない人々にも知られる人気者となった、アイドルホースの草分とも言える。 そしてその直系の血の流れを汲むのが、日本競馬史上屈指のアイドルホースである、オグリキャップ(32戦22勝)なのだ。 「!さあオグリ!オグリが上がっていった!そして、その内側にす〜っとリアルバースデー!リアルバースデー、さあオグリが行った!武豊が行った!さあ第4コーナー!内でオサイチ頑張った!そしてアルダン!アルダン!アルダン先頭か! オグリ先頭に立つか!第4コーナー回って直線!大歓声です!さあオグリキャップ!先頭に立つか!先頭に立つか!オグリキャップ先頭に立つか!さあ内で頑張った!オサイチ頑張った!オグリキャップ!オグリキャップ先頭か!オグリキャップ先頭か!200を切った!オグリキャップ先頭!(ライアン!by大川慶次郎)オグリキャップ先頭!オグリキャップ先頭!そして、そして、(ライアン!by大川慶次郎)来た来た!ライアン来た!ライアン来た!しかし、オグリ先頭!オグリ先頭!ライアン来た!ライアン来た!オグリ先頭!オグリ1着!オグリ1着!オグリ1着!オグリ1着!右手(実際は左手)を挙げた武豊!オグリ1着!オグリ1着!見事に引退レース、引退の花道を飾りました! スーパーホースです!オグリキャップです! 」 オグリキャップも種牡馬として、厳しい状況の下に置かれている。 ネイティヴダンサーの血筋とナスルーラーの血筋を交配して、ミスタープロスペクター(14戦7勝)が生まれた。 ネイティヴダンサーからミスタープロスペクターへ、バトンが渡されたのである。 そのミスタープロスペクターとノーザンダンサー系のヌレイエフの娘ミエスク(16戦12勝)が交配し、キングマンボ(13戦5勝)が誕生したのである。 このキングマンボ産駒が、エルコンドルパサー(7戦6勝・海外4戦2勝)とキングカメハメハ(8戦7勝)なのだ。 ミスタープロスペクター産駒であるアフリート(15戦7勝)は、その母系がファラリスから流れるメノー(17戦7勝)の血筋である。 フサイチペガサス(9戦6勝)はミスタープロスペクター産駒であり、アメリカで生まれてアメリカで活躍し、ケンタッキーダービーに勝った馬なのだが、馬主は日本人と異色の存在。 他にミスタープロスペクター系では、母系からファラリス系を強化したウッドマン(5戦3勝)から流れるティンバーカントリー(12戦5勝)がいる。 砂の王者アドマイヤドン(中央17戦5勝・地方7戦5勝・海外1戦0勝)の父親である。 アドマイヤドンも地方の統一G1レース勝ちを入れると、七冠馬ということになる。 更にミスタープロスペクター産駒には母系がリボー系のフォーティナイナー(19戦11勝)がいる、その産駒もダートでの活躍が多く見られるので、ミスタープロスペクター系はダートに強い 印象を受ける。ただフォーティナイナーは、母系からノーザンダンサーの血を強化した、今注目の種牡馬エンドスウィープ(18戦6勝)を出しているので、芝での切れ脚を見せる馬も多く生み出し、ミスタープロスペクター系=ダート馬ということではない。 芝ダート不問の活躍をしたアグネスデジタル(中央21戦7勝 地方8戦4勝 海外3戦1勝)の父クラフティプロスペクター(10戦7勝)は、ミスタープロスペクターの代表産駒である。 アグネスデジタルは中央・地方統一・海外含め、G1を芝で4勝、ダートで2勝した六冠馬であり、当時国内開催のマイル距離での古馬の中央及び統一G1を全制覇している(芝2戦はともにレコード勝ち)。 「さあ直線向いた安田記念!どの馬が来てもおかしくない体勢になっている!さあ残りあと坂の途中300メートルにかかるところです!大混戦!大混戦!大混戦!ミデオンビットがまだ粘っているが、さあ中を割って上がってくる!中を割って上がってくる!中を割って上がってくる!200の標識を通過して、さあ先頭ローエングリンだ!ローエングリンだ!ローエングリンが先頭!外からアドマイヤマックス!さらに外から、外からアグネスデジタルもやって来ている!アグネスデジタルが外から優勢!かわしたか!かわしたか!2頭並んでゴール!アグネスデジタルか!内でアドマイヤマックスか〜!」 全成績では芝15戦4勝、ダート17戦8勝と、注目すべきは芝の4勝全てがG1勝ちで、この勝負強さはオグリキャップと同じく、父祖ネイティヴダンサーの血が成せる業なのかもしれない。 安田記念でオグリキャップがだした1分32秒4のレコードタイムを、13年ぶりにアグネスデジタルが1分32秒1と更新し、その後敗られてはいない。 話は変わるが、日本での元祖アイドルホースと言えばハイセイコー(22戦13勝)であり、その父チャイナロック(25戦7勝)も種牡馬として一時代を築いた。 その始祖はエクリプスなのだが、ゲインズバラ(9戦6勝)からハイペリオン(13戦9勝)へ流れた血筋で、血統表を見てみると結構セントサイモンの血が濃いのが分る。 ハイセイコーもまた、自身が果たせなかったダービー制覇を成したカツラノハイセイコ(23戦8勝)等を輩し、種牡馬としても成功している。(親爺ギャグ )サラブレッド三大始祖の残る一頭、ゴドルフィンアラビアンからはマッチェム系に流れ、20世紀前半全米で活躍したマンノウォー(21戦20勝)を生んだ。 米サラブレッドを語るのに欠かせない伝説的名馬で、サンフォードメモリアルステークスで唯一負けている。 ただこの系統は日本では地味で、目立つところではトウショウボーイ(15戦10勝)やテンポイント(18戦11勝)を負かしてダービー馬になった、クライムカイザー(21戦5勝)はこの流れであるが、種牡馬としては結局駄目であった。 トウショウボーイとテンポイントのほうは、その始祖はエクリプスになる。 テンポイントは残念ながら非業の最期を遂げたが、トウショウボーイは三冠馬ミスターシービー(15戦8勝)を産したり等で、内国産種牡馬としては極めて高い功績を残した。 トウショウボーイの父テスコボーイ(11戦5勝)は、ネアルコからナスルーラと流れた血筋で、テスコボーイもまた種牡馬としてノーザンテーストに取って代わられるまでの一時代を築き、日本競馬界に多大な功績を残している。 テスコボーイの母系はチャイナロックと同系統。 テンポイントの悲願菊花賞制覇を、内から掬ったTTG第三の馬グリーングラス(26戦8勝)もまた、ハイペリオンからの血筋である。 エリザベス女王杯を制したリワードウイング(20戦4勝)を出したが、種牡馬としては地味であった。 「さあ早くも、早くも第4コーナーをカーブした!テンポイントかトウショウボーイかクライムカイザーか!内へ1頭、内へ1頭ハマノクラウドか!さあこのあたりテンポイントが先頭か!テンポイントが先頭か!テンポイントが先頭に立っている!テンポイントが先頭だ!内からグリーングラス!内からグリーングラス!さあテンポイント先頭だ!テンポイントだ!テンポイントだ!テンポイントだ!それいけテンポイント!ムチなど要らぬ!押せ!テンポイント先頭だ!テンポイント先頭!内からグリーングラス!内からグリーングラス!テンポイントかグリーングラス!グリーングラスが先頭だ!グリーングラス!グリーングラス1着!テンポイントは2着!グリーングラスです!内を通ってグリーングラスです!テンポイントは2着!勝ち時計は3分9秒9!」 EUROPA by SANTANA ![]() いよいよ最後は貴殿、悲運の名馬流星の貴公子、テンポイントで締めくくるとしよう。 1977年4月29日天皇賞春 「テンポイント先頭だ!テンポイント先頭だ!今日は外のほうが怖いぞ!しかしテンポイント! これが夢に見た栄光のゴールだ! テンポイント1着!テンポイント1着!テンポイントです!待ちに待った栄光のゴール板!大歓声に送られまして、見たかテンポイント!栄光のゴールを通過しました!勝ち時計は3分21秒7!勝ち時計は3分21秒7です!ついにやりました!ついに春が訪れましたテンポイント!」 テンポイントの父コントライト(5戦2勝)もナスルーラ系であるが、凡庸な種牡馬と言える。 だが母ワカクモ(53戦11勝)の父カーバーラップU世(7戦2勝)が、ハイペリオン系であり、母クモワカ・繁殖名丘高(32戦11勝)はヘロドから流れた血筋であり、奥が深い。 テンポイントは1977年12月18日の有馬記念で、後世の語り草となる宿敵トウショウボーイとの一騎打ちを制した。 「さあ、さあ一騎打ちか!トウショウボーイがまたちょっと出た!これは世紀のレース!世紀の一戦だ!テンポイントがかわした!かわしてしまったのか!テンポイントかわしたか!テンポイントかわしたか!トウショウボーイか!トウショウボーイか!テンポイントがかわした!テンポイント先頭!テンポイントが先頭だ!外からグリーングラス!外からグリーングラスが来る!外からグリーングラスが来た!テンポイント先頭だ!外から怖い怖いグリーングラス!テンポイント!テンポイント先頭!テンポイント先頭だ!内からまたトウショウボーイが差し返す!先頭はテンポイント!テンポイントだテンポイントだ!テンポイント〜!中山の直線を、中山の直線を流星が走りました!テンポイントです! 」 翌年1月22日の日経新春杯後に欧州遠征を予定していたが、レース中不慮の事故に遭遇した。 「ああっと!テンポイントちょっとおかしいぞ!ああっと!テンポイントおかしい!おかしい!おかしい!後退した!テンポイントが後退した!鹿戸騎手がちょっと後ろを見ている!これはどうしたことか!これはどうしたことか!故障か!?故障か!?ああっと故障か!?テンポイントは故障か!?これは故障か!?テンポイントは競争を中止した間に、中止した間に故障か!?故障か!故障か!テンポイント!これはえらいこと!これはえらいことになりました! 」 ファンの祈りも空しく、3月5日に息を引き取った。 ![]() それから約18年の時を経て、テンポイントの半姉オキワカ(45戦6勝)の孫にあたるフジヤマケンザンは、悲運に散った流星の貴公子に代わり、1995年12月10日香港沙田競馬場にて香港国際Cを制し、日本馬としては初めて海外での国際Gレース勝ちを収めた。 ![]() グレード制導入以前であれば、エクリプスからブランドフォード(4戦3勝)に流れた血筋の、ハクチカラ(32戦20勝・海外17戦1勝)が初の海外重賞制覇の馬となり、それから36年ぶりの快挙となる。 1991年にデビューしたフジヤマケンザンはその年菊花賞に3着し、ジャパンCや有馬記念にも出走を遂げオールドファンに期待されたが、その後暫くは鳴かず飛ばずであった。 しかし坂路三連発のような厳しい調教により、七歳にしてようやく本格化したのである。 それまで四歳時に中日新聞杯(父内国産限定レース)に勝っただけの重賞を、七歳時には香港国際Cを含め3勝し、翌八歳になっても金鯱賞に勝ちファンを驚かせた。 宝塚記念で最高齢G1勝利を狙ったが、骨折し5着に終わり引退。 フジヤマケンザンの母ワカスズラン(1戦0勝)は、コントライト(テンポイントの父)とオキワカ(テンポイントの半姉)の間に生まれた。 父ラッキーキャスト(未出走)の半姉プリティキャスト(41戦8勝)は、カーバーラップU世産駒であり、この姉弟の母系を遡るとセントサイモンが現れる。 ラッキーキャスト自身はヘロドから流れた血筋で、パーソロンと同じトウルビヨン系だが、種牡馬として大成はしなかった。 流星の貴公子と強い縁で繋がっているフジヤマケンザンであるが、貴公子とは似ても似つかぬ550sに及ぶ巨漢で、重戦車と渾名されたこともある。 流星 ならぬ、額から鼻にかけての白い文様は、滝を思わせる。しかしオールドファン達は、負けても負けても、そんなフジヤマケンザンに熱い声援を送り続けた。 生涯成績は中央34戦11勝・地方1戦0勝・海外3戦1勝であったが、種牡馬としてはまったく成果を残すことはできなかった。 テンポイントは今尚ファンに根強く愛され続け 、その血を残そうと懸命になっているが、今や絶滅の危機に瀕している。テンポイントの全妹イチワカ(未出走とされるが詳細不明)の孫にあたる、ワカシラユキ(9戦未勝利)に夢は託されている。 一昨年の4月、遠くパーソロンの故郷アイルランドの地で、同じく絶滅の危機に瀕しているオグリキャップの子を産んだ。 英国にて約300万円で落札されたとも聞くが、どうやら日本で走ることはなさそうである。 結局サラブレッドとして、振り出であるエクリプスの地に戻ったようなものである。 1975年12月7日阪神3歳S 「さあこれから差が開く!差が開く!また独走になった!独走になった!見てくれこの脚!見てくれこの脚!これが関西の期待テンポイントだ!テンポイントだ!強いぞ強いぞ!テンポイント1着!そして2着にはゴールデンタテヤマ!勝ち時計1分37秒1!強い強い!テンポイント3連勝です!3連勝です!テンポイント!快勝です!」 さてサラブレッドの血の流れは混沌とし、今の日本競馬は過渡期に入ったように思える。 サイヤーライン(父系)だけでなく、ファミリーライン(母系)も重要になる訳である。 厳しい調教に耐えうる丈夫な馬を産するには、近親交配を避け、やはりできるだけ離れた血筋での、異系交配でなくてはならない。 勝ち残る血はいったいどれなのか・・・。 データは『ウィキペディア(Wikipedia)』を一部参照する。 競馬実況はHorse Life(競馬名実況集)http://aimar.s18.xrea.com/の掲載記事を引用させて頂いている。 |
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