山内美陶鈴・夢綺譚

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help リーダーに追加 RSS 【石の拳を持つ男】

<<   作成日時 : 2007/06/27 18:16   >>

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スポーツ素材屋昨年の12月にボクシング殿堂入りが決まっていた、ロベルト・デュランとリカルド・ロペスが今月12日に表彰された。
デュランは50歳(現在56歳)まで戦い続けて、自らの栄光を汚すような試合をしていたが、石の拳らしい生き様だとも思ったものである。
120戦104勝(69KO)16敗はすごい、自分にとってこれほどのアイドルボクサーは、もう二度と出ないだろうと思っている。
第18代WBA世界ライト級王者・第14代WBC世界ライト級王者:第6代WBC世界ウエルター級王者・第22代WBA世界Jミドル(現スーパーウエルター)級王者・第19代WBC世界ミドル級王者。
小林弘{第14代WBA世界Jライト(現スーパーフェザー)級王者:75戦61勝(10KO)10敗4分}やガッツ石松{第12代WBC世界ライト級王者:51戦31勝(17KO)14敗6分}や高山将孝{第17代・19代日本ライト級王者:29戦22勝(8KO)6敗1分}を、完膚なきまでに叩きのめした。
小林と戦うまでは日本ではあまり知られていなかったが、ケン・ブキャナン{第17代WBA世界ライト級王者:69戦61勝(27KO)8敗}を下し21歳で世界ライト級の王座につき、後に「石の拳」と呼ばれる、ボクシングライト級史上最強無敵の王者となる。
しかし王座につき初防衛戦前のノンタイトル戦で、エステバン・デ・ヘスス{第13代WBC世界ライト級王者:62戦57勝(32KO)5敗}に、判定で敗れ初の黒星を喫した。
ヘススとはこの後二度対戦し、苦戦しながらも二度とも倒している。
王座統一戦となった三度目の試合後、ヘススは病院に直行している。
統一王者となって暫くしてライト級王座は返上し、ウエルター級王座を目指す。
そしてシュガー・レイ・レナードと戦い僅差の判定で下し、世界ウエルター級王者となるが、リターンマッチでは「ノー・マス(もうたくさんだ)」と、試合途中で放棄し王座から陥落した。
デュラン29歳、ボクサーとしては既に盛りを過ぎ、下降線を辿っていた。
シュガー・レイ・レナードは40戦36勝(26KO)3敗1分の最終戦績で、オリンピックゴールドメダリストからプロに転向して、初の黒星をデュランに喫したのである。
第5代WBC世界ウェルター級王者 ・第7代 WBC世界ウェルター級王者・第19代WBA世界Jミドル(現スーパーウエルター)級王者・第8代WBA世界ウェルター級王者・第16代WBC世界ミドル級王者・第17代WBC世界Lヘビー級王者・初代WBC世界Sミドル級王者と、正に「黄金の中量級」時代の立役者であった。
伝説のボクサーであるシュガー・レイ・ロビンソン{NBA(WBAの前身)ミドル級王者:175勝(109KO)19敗6分}に憧れ、シュガー・レイを名乗った。
さて一方のデュランは、この後ウイルフレッド・ベニテス{第22代WBA世界J・ウェルター(現スーパーライト)級王者・第4代WBC世界ウェルター級王者・第17代WBC世界J・ミドル(現スーパーウエルター)級王者:62戦53勝(31KO)8敗1分}の、WBC世界Jミドル級タイトルに挑んだが敗れるなど、低迷が続いてなかなか世界王座に返り咲くことができないでいた。
しかし次第に巧みな技術で相手を翻弄する、老獪なボクシングを身につけていった。
デビー・ムーア{第21代WBA世界Jミドル(現スーパーウエルター)級王者:23戦18勝(14KO)5敗}を倒し、世界Jミドル級王者となり三階級制覇した。
この日は確か、デュラン32歳の誕生日ではなかったか・・・。
そして更に階級を上げて、マービン・ハグラー{マーベラス(すばらしい、驚異的)の称号を冠された・第15代WBC世界ミドル級王者 ・第14代WBA世界ミドル級王者 ・初代IBF世界ミドル級王者 :67戦62勝(52KO)3敗2分}の、統一世界ミドル級のタイトルに挑み、善戦したが判定で敗れた。
しかしデュランは、負けてなお強しの印象を残した。
ところがトーマス・ハーンズ{ヒットマン又はモーターシティ・コブラと畏れられた・第7代WBA世界ウェルター級王者 ・第18代WBC世界J・ミドル級王者 ・第14代WBC世界Lヘビー級王者・第17代WBC世界ミドル級王者・初代WBO世界Sミドル級王者 ・第12代WBA世界Lヘビー級王者:67戦61勝(48KO)5敗1分 }の、WBC世界J・ミドル級タイトルに挑み(WBA未承認のためタイトル剥奪となり、王座統一戦とはならず)、「ラスベガス恐怖の一撃」といわれたほどの、2R壮絶なKO負けを喫した。
これほどの痛烈な敗退はデビュー以来初めてで、これでデュランは終わったと囁かれた。
だがそのハーンズを3RKOで下し世界王者になった、アイラン・バークレー{第18代WBC世界ミドル級王者・第6代IBF世界Sミドル級王者・第13代WBA世界Lヘビー級王者 :63戦43勝(27KO)19敗1分}を、老獪なテクニックで翻弄し判定で降し、デュランはミドル級の世界王座を獲得した。
ライト級のウエイトリミットは61.235kgであり、ミドル級では72.579kgで、その差は10kgを超えている。
この間でデュランは、四階級制覇を成し遂げたのである。
実に38歳となろうとする年齢であった。
デュランはミドル級王座を返上し、更に一階級上のレナードのSミドル王座に挑んだが判定で敗れた。
最早全盛を過ぎたレナードとデュラン、パッとしない凡戦に終わった。
スポーツ素材屋デュランはその後50歳までに26試合こなすが、IBCやNBAといったマイナーなSミドル級のタイトルは奪取したが、メジャータイトルには手が届かなかった。
47歳にしてウイリアム・ジョッピー{第21・23・26代WBA世界ミドル級王者:42戦37勝(27KO)5敗1分}に挑んだが、3R棄権によりTKOで敗れている。
50歳通算120試合目は、ヘクター・カマチョ{第12代WBC世界Jライト(現スーパーフェザー)級王者・第19代WBC世界ライト級王者・初代WBO世界Jウェルター(現スーパーライト)級王者・第3代WBO世界Jウェルター(現スーパーライト)級王者:86戦78勝(38KO)5敗2分1NC}と対戦し、判定で敗れている。
交通事故で大怪我を負はねば、或いは今も尚戦い続けているやもしれず、そうであれば殿堂入りも少し先の話になっていただろう。
デュランにとって自身の誕生月でもある6月は、実に因縁深い。
世界ライト級王座についたのも、世界ウエルター級王座についたのも、世界Jミドル級王座についたのも、そしてハーンズに痛烈なKO負けを喫したのも、この6月である。
その6月に殿堂入りの表彰を受けたのである。
同時に表彰されたリカルド・ロペス{第5代WBC世界ストロー(現ミニマム)級王者・第7代WBA世界ストロー(現ミニマム)級王者・第4代WBO世界ストロー(現ミニマム)級王者・第12代IBF世界Jフライ(現ライトフライ)級王者}は、アマチュア戦績:40戦40勝(28KO)、プロ戦績:51戦50勝(37KO)1分と、一度も負けを知らない。
軽量級とはいえデュランに勝るとも劣らない、真の小さな巨人である。

やれFIFAワールドカップだの世界バレーだの世界陸上だの世界水泳だの世界卓球だの世界柔道だの世界遺産だの(これは関係ないか)と、スポーツが氾濫して見る前にゲップが出る。
K-1だPRIDEだHERO'Sだの格闘技にしてもそうで、たまに放送されるボクシングも、他の番組とチャンネルを切り替えながらで、じっくり真剣に見たことがない。
しょもない試合(失礼!)でも、固唾を呑んで食い入るように見ていた昔とは違い、もうアイドルもなにもあったもんじゃない。
オリンピック以外では、プロ野球と大相撲とプロボクシングとプロレスだった昔が懐かしいなぞと、黄昏ていては歳が知れるか?
競馬も自分の知っている世界とは違ってきて少し興ざめしていたのだが、安田記念と宝塚記念でようやくまともに戻ったようだ。
盛り上がるのは結構なことだが、いくら強くとも、三歳牝馬が宝塚記念に勝つなどということが、どうしても自分にはピンとこなかった。
秋なら別だが、古馬の代表格たちが、この時期の三歳牝馬に雁首並べて敗れていては、競走馬全体のレベル低下が懸念される。
それなら凱旋門賞うんぬんと、うかれる話ではなかろうにと思うのは、最早老いがやってきている証拠だろうか・・・。

資料としてWikipediaを一部参照している。
画像から素材を借用させていただいている。

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